舞台裏のダイコンたち after
東京で演劇活動を行っている大沢ギンペイのブログです。趣味とか演劇とかいろいろと。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
波の話
 脚本会議が始まりました。
 昨日の会議で3作品にまで絞り込みが行われ、来週末に決定する模様です。

 今年は、新人が多い。
 去年も多かったのですが、なにせ絶対数が多いです。
 センス無しの素人なりに、4年間の経験を積んだ者として、積極的にアドバイスをしていきたいと思います。
 ウザがられて、追い出されないくらいには。

 演技をするにあたり、私がさんざん言われてきたフレーズがあります。
 一本調子。

一本調子(いっぽん・ぢょうし):
①歌う声に抑揚のないこと、単調。
②単純で変化に乏しいこと。
(広辞苑)


 それはもう、最後まで言われ続けましたよ。

 なんて事を考えていたら、思い出した話があります。

 あれは中学生の頃。
 まだ入学してあまり経たない、美術の時間でした。
 美術の先生は黒髪にメッシュ気味の白髪が混ざったナイスミドルで、生徒が手を動かしている間、いろいろな話をしてくれたものです。

「私は、皆さんの『芸術的センス』に点数をつけることはできません。それは、『芸術的センス』が、見る人、見る時代、見る場所によって、まるで評価の変わってしまうものだからです。」
「ですから私が教え、点数を付けるのは、『表現の技術』です。デッサンの課題なら、どれだけ実際に近いデッサンをできるか、塗り絵の課題(長方形を鉛筆で塗りつぶす課題)なら、どれだけムラのない塗り方ができるか。そういったところを見ます。センスは、別のところで磨いて下さい。」

 小学校までは「自由に描きなさい」とばかり先生に言われ、どうすれば自分の描きたいものが表現できるのか、教えてもらえませんでした。(ついでに言えば『描きたい対象』の洗練の仕方も。)それなのに美術的センスで点数が付けられて、どうも納得のいかないところがありました。
 実は、話題の中学の先生も、あまりテクニック的なところは教えてくれなかったのですけど、『点数の基準は客観的に測り得るもの』というのには納得した覚えがあります。

 そんな先生が話してくれた、『波の話』があります。
 特にメンバーには、ためになるかと思いますので、ちょっと読んでみて下さい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 私が美大で、期末考査を受けたときに、粘土の課題が出ました。
 テーマは『波』。
 粘土で、波を表現しろというんですね。
 私は、荒れ狂う波を作りました。これでもか、これでもか、というくらいに荒れた海原です。
 これだけ波を表現できれば、評価はさぞ高いだろうと思ってましたよ。
 ところが、評価は並でした。
 駄洒落じゃないですよ。ほらそこ、笑わない。

 残念でした。
 で、めいめいの課題作品は展示されていたので、最優秀となった作品を見てみました。
 いや、驚きましたし、納得しました。
 それ、どんな作品だったと思いますか?

 そこで表現されていた波は、私が作ったものより、ずっとおとなしいものでした。
 なにが凄かったかというと、その作品、「波の起きてない部分」があったんです。
 明鏡止水というか、穏やかな水面と、微かに立ったさざ波が、一つの作品で表現されてたんです。
 彼とは、物の見方が違うんだと思いましたね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 どうでしょう?

 人によって、思うところがあったり無かったりすると思いますが、表現を考えるとき、思い出してみてください。
(ギンペイ)
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2008/07/21 (月) 20:19:26 | | #[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2005 舞台裏のダイコンたち after all rights reserved.
Powered by FC2ブログ.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。