舞台裏のダイコンたち after
東京で演劇活動を行っている大沢ギンペイのブログです。趣味とか演劇とかいろいろと。
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ゆめゆめ忘れはするまいと
 知り合いの某さんの頭に思い切りナグリを振り降ろして、後に警察の捜査線上に浮かび、さてどうやって殺人犯という不名誉から逃れたものかと考えたところで夢オチでした。今朝のお目覚めはそんな感じ。

 いくら完全犯罪に自信があっても、知り合いにべらべら喋ったら、そりゃ犯行もばれるよ。夢の中で犯罪者になった皆さん、気を付けましょう。夢だからって、気を抜いてはいけません。
 いやあ、あの人を潜在意識でもそこまで憎んでるとは、我ながら意外でした。うむうむ。

 一説に、「他人の夢の話ほどつまらないものはない」と言います。脈絡もないし、「面白い」夢について言葉や文章で語ったところで、面白さの源泉である「夢の空気感」を伝えるのは不可能に近いですし。
 今朝の夢についても、目が覚めた瞬間には「これは面白い! 今日のブログネタはこれで決定だ!」と意気込んでいたのを、理性が押しとどめました。私と同じく、周囲の空気を読めなくて悩んでいるあなた、夢の話を他人にするのは避けた方が無難です。
 ……私の場合、それでもこらえきれずに、こうして枕に使ってしまったわけですが。

 しかし、夢という脳内空間は、本当に面白いものです。
 老荘思想の有名な話に「胡蝶の夢」というのがありますよね。
 男が夢をみたら蝶だった。さて、蝶である私とヒトである私、現実というのはどっちかな? といった話。

 まあ、別に笑い飛ばしても、基本的にはなんの害もないお話です。が、ゆっくり考えてみると、結構面白い。

 夢は、現実ではありません。
 目が覚めてから「リアリティのない夢」を振り返ると、大体「現実に対してつじつまが合っていない」ことになります。だから、なんであんな馬鹿な夢を見たのだろうと考えます。

 では、現実とは何か。
 この場合、夢に対する物差しになっている「現実」とは、「その『現実世界』に関する知識」ではないかと、私は考えています。
 リアリティの無い夢に対して、「ヒトは空を飛べないじゃないか」とか、「あんな風景が存在するわけがないじゃないか」と、『知識』を以て判断するわけです。

 で、ここからが夢の面白いところ。
 たまには「夢だと自分で分かっている夢」もありますが、そうでない場合、人は「夢の中の世界」に関する『知識』を持っているものなのです。夢の中の世界の『前提』とか『常識』と言い換えても構いません。
 身に覚えがありませんか?

 ・そうだ、このあと○○さん(知ってる人でも、知らない人でも)と約束があったんだ。
 ・(現実と違う)職務を、きちんと果たさなければ。

 リアリティのないタイプの夢なら、こんなのもあるでしょうか?
 ・ほう、これが新しい武器か。私に使いこなせるといいが。(SFバトル世界?)
 ・ビルから落ちたときは、弁当箱に付いてる非常停止ボタンを押せば、落下が止まるんだったな。(なにがなんだか)

 現実に立ち返ってみたら、あり得ない前提・あり得ない常識が、夢の中ではまかり通ることがあります。それらが、夢という独立した世界を構築している。

 さらにもう一つ、面白いところがあります。
 夢の中の世界観は、非常に頻繁に変化するのです。
 周りの風景が変わろうが自分の着ている服が変わろうが、夢の中の自分は知ったこっちゃありません。
 ついさっきまで逃亡犯を演じていた筈の、夢の中の自分が、次の瞬間にはメガネの小学生探偵の立場から世界を眺めていたり、全く関係ない外国にいたりします。

 このくるくる変わる立ち位置が、あとから(目が覚めてから)考えると、結構面白い。
 こんなに面白い「夢」というものを、忘れるままにしていては勿体ない。なんとか機会を作れた日は、面白かった夢を書き留めて、なにかのネタに出来ないものかと考えています。
(目覚めたときは、本気で某さんに生存確認のメールをしようかと思いました。:ギンペイ)

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